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小石原焼春の民陶むら祭:55の窯元、新作を一堂に 東峰村であすまで /福岡



小石原焼春の民陶むら祭:55の窯元、新作を一堂に 東峰村であすまで /福岡

 ◇3万人が訪れにぎわう

 東峰村の小石原焼春の民陶むら祭が3日始まり、55の窯元が2割引きとあって3万人が訪れにぎわった。5日まで。【勝野昭龍】

 ◇絵付け体験なども

 発祥の地・皿山一帯では、各窯元の庭先や店内につぼや花瓶、皿、湯飲みなどが並び、家族連れが手に取って品定めしていた。窯元の太田万弥(かずや)さん方ではツツジの山やシャクナゲが見ごろとなり、かやぶきの家とマッチして訪れる人をなごませていた。新作の甘酒湯飲みを求める客も多く「700円、400円の可愛い小物がよく出ます」と話していた。

 買ったものを段ボール箱で運んでいた筑紫野市二日市の脇山和彦さん(65)と妻ハルミさん(62)は「毎年、太田熊雄窯で買います。花器四つ、大皿4枚、茶わん蒸しセット5個を買いました」と満足そうだった。

 小石原焼伝統産業会館では4、5日も、午前10時から先着100人にフリーカップ絵付け無料体験▽午前11時から先着150人に小皿と山菜おにぎりセットを500円で販売。午後1時からそれぞれ先着50人に伝統的装飾技法の飛びカンナ製作と7寸皿絵付けの無料体験、などがある。

 問い合わせは民陶むら祭運営委員会0946・74・2121。

〔福岡都市圏版〕



5月4日朝刊





(この記事は福岡(毎日新聞)から引用させて頂きました)



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宮内庁

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二子玉川の飲食店「遊食屋」、東北の日本酒・食材で被災地を応援 /東京



二子玉川の飲食店「遊食屋」、東北の日本酒・食材で被災地を応援 /東京



 二子玉川の飲食店「遊食屋」(世田谷区玉川3、TEL 03-3708-3773)と「たまゆら」(世田谷区玉川2、TEL 03-3709-3434)で現在、東北地方の日本酒で被災地を応援する取り組みが行われている。(二子玉川経済新聞)



 遊食屋は3月9日に店舗改装とメニューの改変を行いリニューアルオープンしたが、直後の11日に東日本大震災が発生。同店を経営するケイツーライジングの西谷賢治社長は「店として何かできないか」と考え、急きょ東北の酒や肉などの食材を使ったメニューに作り変えたという。「仕入れ先や店の常連さんなど身の回りに福島県の出身者が多く、個人として支援したいと考えた」という。



 現在、「東北地方を応援しよう」キャンペーンとして、東北関連の日本酒は南部美人(岩手)、國権夢の香(福島)、栗駒山(宮城)(以上630円)、虎マッコリ(福島)(グラス680円、ボトル2,500円)や南部美人の梅酒など9種類を扱う。食材では岩手の黒毛和牛の串焼き(カルビ串焼き300円、ハラミ串焼き270円など5種)、福島会津の馬刺し(840円)なども。



 玉川通り沿いにある飲食店「たまゆら」は「東北のお酒を飲もう!」フェアを実施している。乾坤一(宮城、一号850円)、綿屋(宮城、同1,050円)、南部美人(岩手、同800円)、国権(福島、同800円)など東北の日本酒7種類を扱う。同店を経営するイートの針生匡(はりうまさし)社長は「お客さまから『お酒を飲むなら東北のお酒を飲みたい』『自分にはこんなことしかできないけど…』と東北のものを飲んだり食べたりしたいお客さまが多かった」ことからフェアを始めたという。「東北のメニューを長く載せることで被災地以外の人が震災の記憶を途切れさせず、思い出すきっかけになれば」とも。



 営業時間は、遊食屋=18時~2時(金曜・土曜・祝前日は4時まで)、たまゆら=17時~24時30分(日曜・祝日は23時30分まで)。





(この記事は東京(みんなの経済新聞ネットワーク)から引用させて頂きました)



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外務省

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「人の思い出捨てるのがボランティアなのか」 GWで現地入り 悲惨な現実に言葉失う



「人の思い出捨てるのがボランティアなのか」 GWで現地入り 悲惨な現実に言葉失う



 ゴールデンウイーク(GW)がスタートして東日本大震災の被災地にも多くのボランティアが駆け付け始めた。申し込みの殺到に受け付けを連休終了まで見合わせる自治体も現れるほどの活況だが、いざ現場入りして大量に積み上げられたがれきの量に、一様に驚かされる。あまりに悲惨な被災者の現実に絶句し、改めて震災の爪痕の大きさを実感するようだ(荒船清太)



 「人の思い出を捨てるのがボランティアなのだろうか」



 がれきで埋まった宮城県石巻市内の呉服店の片付けをしながら、東京都から4月29日に来た会社員、大宮匡喬(まさたか)さん(23)は悩んでいた。



 目の前で、民家に住む70代の女性が女性用の帽子を3つ並べていた。「見て。きれいでしょ」。帽子は泥だらけ。洗っても使えそうにはない。きれいとも言えずに押し黙った大宮さんを見て女性は目に涙をためながら「これも捨ててください」と言った。



 帽子を捨てた後、女性は大宮さんに「ありがとう」とお礼を口にした。呉服店を片付けただけなのに、女性に涙を流して感謝され、涙が出た。頭をただ縦に振ってお辞儀するくらいしかできず、会話はほとんど交わせなかった。



 ■被害の大きさ実感



 当初は寸断されていた道路も復旧し、甚大な被害を受けた被災地域にボランティアが入れるようになってきた。



 大宮さんは4月30日早朝、ボランティアに向かう前に、被害状況を見ようと海辺へ走った。「津波注意」と書かれて折れ曲がった看板。テレビではよく見た風景だったが、近くの子供たちによって「自然を大切に」と描かれた海岸のコンクリート壁が目に入った。大宮さんはそう描いた子供たちの命までが奪われたことを案じた。今までテレビを通じて見ていた被災地の風景の背後で、たくさんの人命が無くなっていることに気づいた。



 東京都内から4月29日に来た会社員の高橋良子さん(35)は、ボランティア作業に行く途中の風景に言葉を失った。



 「仙台市で、屋根瓦にブルーシートが張ってあるのを見て驚いていたが、石巻ではさらにたくさんのがれきの山を見た。車は転がったまま。通り過ぎるたびに、そこにいた人はどうなったのか、心配になる」



 そんな風景がどこまでも続いていた。テレビで見なかった場所も、テレビで報じられた場所と同じくらい被災していた。



 高橋さんが作業に訪れたアパートの敷地内は、水産加工場から流れて腐った魚やヘドロの固まりで埋まっていた。持ち上げた魚が崩れるたびに、激しい臭いに襲われたが、被災者はふだんと変わりなく、敷地内で暮らしており「これほど苦しい環境のなかで被災者が過ごしているとは訪れるまで分からなかった」と高橋さんは話した。



 ボランティアを経験して大宮さんも「炊き出しをやって、人の温かみを知ったりするのがボランティアだと思っていた。しかし、実際に現地入りしてとてもそれどころではないことを思い知った」と被害の大きさへの実感を口にし「東京にいて知ったような顔をして震災を語るよりも、実際に自分の目で見てよかった」。こう話してボランティアセンターを後にした。





(この記事は社会(産経新聞)から引用させて頂きました)





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「一刻も早く家族のもとに…」遺体安置所担当の東松島市職員



「一刻も早く家族のもとに…」遺体安置所担当の東松島市職員

 津波が、すべてを奪った。生まれ育った故郷も、愛する人たちも。東日本大震災で約780人の死者・行方不明者が出た宮城県東松島市の市民課長、尾形光一さん(55)は市の体育館につくられた遺体安置所の責任者を務める。安置所には今も新たな遺体が運び込まれ、身元確認作業が続く。肉親を捜す家族らと向き合う毎日だが、自身も母親と弟を失っただけに気持ちは痛いほど分かる。胸中にあるのは「一刻も早くご遺体を家族の元に帰したい」という思いだけだ。(池田祥子)



 尾形さんは、東松島市小野地区体育館で震災直後から安置所の運営業務にあたってきた。作業着に長靴姿。無精ひげに疲労の色がみえる。「亡くなった方も家族の方も気の毒で…」と言葉が続かない。



 震災翌日には遺体安置所の担当になった。人口約4万人の小さな街。何人もの知人や友人が、変わり果てた姿で運ばれてきた。知り合いの遺体を見つけては家族に伝えた。身元が判明した遺族からは礼を言われるが、やるせない。



 最近は遺体の損傷が激しく身元の確認も難航。「調べてみたら、人違いということも多い」という。



 震災当日、尾形さんは勤務先の市役所にいた。家族の安否は分からなかったが、避難してくる市民の対応に奔走。夜、自宅がある野蒜地区の見回りに行った職員から「家が一軒も建ってなかった」と聞いた。全てが津波で流されていた。



 尾形さんが家族と連絡がとれたのは震災から4日ほどたってから。妻と息子2人は無事だったが、母親、み己子(わこ)さん(78)と弟、孝志さん(53)が行方不明だった。



 「おばあさんを置いてきてしまった」。避難所で再会した妻は、憔悴しきった様子で何度も謝った。地震当時、自宅で被災した妻は、同居している孝志さんにみ己子さんの避難を頼み、近くで一人暮らしをしている実母の元へ向かった。義母も、実母も、歩くのが不自由だった。「誰のせいでもないからね」と尾形さん。孝志さんの遺体は3月18日に、自宅の仏壇の脇で見つかった。



 母親を探すため、3月26日、1日だけ休みをもらった。「やっぱり親だから捜さないと悔いが残る。あの日に見つからなかったら諦めるつもりでした」。



 自宅周囲を探したところ、山の斜面から手のようなものが見えた。板を払いのけると、み己子さんの遺体だった。あまりにも悲しい対面だったが、それでも「見つかって良かった」とも感じている。



 震災後、いろいろなことがありすぎた。尾形さんはポケットからタバコを取り出して火をつけた。「やめてたんですけど、吸ってしまってね」。数年前に患った膀胱がんも震災後、再発していることが分かり、5月6日から入院治療することになっている。



 「亡くなったり、家をなくしたりみんな大変だと思うんです。普通だったら花見なのにね…」。視線の先のサクラは満開だった。





(この記事は社会(産経新聞)から引用させて頂きました)



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